植栽を維持する難しさ
ショッピングモールなどの大型商業施設では、いつ訪れても立派な植栽がキレイに維持管理されている光景を、見かけます。
その見事な状態が日常的に維持されていることが、商業施設では当たり前な光景です。
むしろ、商業施設の敷地内で植栽が元気を失っているような光景を目にすると、普段のキレイな状態が当たり前であるがゆえに、違和感を覚えるほどです。
一方で、マンションの植栽の維持管理状況には、季節やマンションごとに大きな差が見られます。
マンションによっては、植栽維持がうまくいかないケースもめずらしくありません。
- 植栽が枯れたままの状態で放置されている
- 春から秋には青々と茂っている葉が、冬になると茶色く変色している
- 以前は植栽が育っていた場所が、跡形もなくなっている
同じ建造物でありながら、なぜ大型商業施設とマンションで、植栽の管理状況にこれほどの違いが生まれるのでしょうか?
そこには、いくつかの要因があります。
本記事では、商業施設と比較しながら、マンションにおける植栽の維持管理がなぜうまくいかないのか、掘り下げて解説していきます。
- 保有資格
- マンション管理士
- 管理業務主任者
- 宅地建物取引取引士
- マンション管理会社へ勤務
マンションにおける植栽維持のむずかしさ
資金面の課題
マンションの植栽維持をむずかしくしている原因として、「資金面」の課題があります。
大型商業施設や来客が頻繁にある事務所であれば、美観の向上が、顧客の満足度や収益の増加に直結することがあります。
そのため、たとえば「フェイクグリーン」の設置や植物の「レンタル」などに積極的に投資し、うつくしく快適な空間を維持することで集客力を高められるでしょう。
一方、マンションでは植栽に費用をかけたとしても、それが資産価値に直接的な影響を与えることは少なく、その効果はごくわずかです。
仮に資産価値の向上につながったとしても、維持管理にかかる費用を考慮すれば、費用対効果は非常に低いのが現状です。
植栽の整備がもたらすメリットといえば、せいぜいマンションへの来訪者から
きれいに植栽が管理されたマンションだね!
と、褒められる程度に留まることが多いでしょう。
そのため、マンションを商業施設と比べると植栽へかけられる費用は限られてしまい、どうしても植栽にかけることのできる資金が少なくなってしまいます。
これが、マンションで緑をキレイな状態に保つことのむずかしさが生じている理由のひとつ。
マンションのお金は、所有者全員から毎月少しずつ集めて、それを必要経費に充てています。
このお金の使い道は少人数で決めるのではなく、所有者全員で話し合い、最終的には所有者全員による「多数決」で決定されます。
マンションはさまざまな人びとが所有しているため、支出額が上がると資金面でかなりキツくなる世帯があるのも、ひとつの事実です。
- 老後の年金で暮らしている
- 生活資金ギリギリで生活している
ただでさえ、マンションは一戸建てに比べて、維持費が高額になる傾向があります。
定期的な点検や法令で義務付けられたメンテナンスだけでも多額の費用がかかるため、限られた予算を慎重に配分する必要があります。
もし植栽の維持管理に高額な費用を充てるとなれば、所有者全員を納得させるために、明確な理由付けをする必要があるでしょう。
これは企業でも同様ですが、大きな費用を動かす際には、事前の計画や予算枠の確保が必要です。
特にマンションの場合、法律や後述するマンション独自の管理規約を遵守することが求められ、資金運用には一層の慎重さが必要となります。
高齢化が進行し、持続可能な活動ができない
たとえば、居住者の有志を募り「●●●マンション緑の会」といったボランティア団体を結成し、植栽の維持管理を行う方法も考えられます。
しかし、無償で定期的に作業に参加してくれるメンバーを集めるのは、決して容易なことではありません。
仮に初期段階でメンバーを一定人数確保できたとしても、マンションではすでに高齢化が進んでおり、今後さらにその傾向が強まることが予想されます。
このため、ボランティア活動を継続的に維持したり居住者で持続的に植栽を管理したりしていくことは、非常にむずかしいといえるでしょう。
管理規約(ルールブック)による制約
マンションでは、全所有者が共有する「共用部分」について、個々の判断で勝手に手を加えることは、認められていません。
マンション内の植栽も共用部分に含まれるため、元気がない植栽に対して個人の判断で肥料や活力剤を与えたり、剪定を行ったりすることはできません。
これは、マンション内のルールブックである「管理規約」に基づくもので、全員がそのルールを守ることで、マンション全体が適切に維持管理される仕組みになっています。
しかし、この仕組みにより、植栽の知識や経験が豊富な所有者がいたとしても、そのスキルをすぐに活かすことはむずかしいのが現状です。
所有者に共用部分の管理を許可してしまうと、線引きが曖昧になり、将来的に問題が生じる可能性があるため、たとえ善意の行動であっても制限されることが多いのです。
管理規約の存在はマンションの良好な維持管理に大きく寄与しますが、一方でその制約が原因となり、植栽の適切な維持が困難になる場合もあるのです。
ルールのメリットとデメリットが共存している点は、マンション管理における課題のひとつといえるでしょう。
下記の記事では、バルコニーに植木鉢を置いてもよいのか、管理規約などのルールを解説しています。
マンションでは「向上」ではなく「維持」に意識が向かう
マンション管理は、一般的に住環境の「維持向上」をすることと、よくいわれます。
いちど建てた建造物は、年を追うごとにすこしずつ劣化していくものです。
劣化をしたものを「維持」する必要性は納得感が得られやすいですが、「向上」させることになると、納得感が得にくい実情があります。
「向上」をするケースは、たとえば下記のような場合で、ごく一部に限られます。
- エレベーターの付いていない建物にエレベーターを後付けで設置する
- もともと段差の多い敷地内で、バリアフリー化を進める
- 電気自動車の充電設備を新設する
これは建造物だけではなく、植栽にも同様のことが当てはまり、大きな樹木にも寿命があるため、半永久的に育てられるわけではありません。
また、数十年に一度の大寒波や着実に進んでいく温暖化などの影響により、これまでうまく育てられていた植栽が枯れてしまうこともあります。
マンションに植えられている植栽も、時が経過するにつれて、徐々に劣化が進んでいくのです。
そのため、植栽の劣化を食い止める「維持」作業にばかり注力され、「向上」にまで意識が向かないこととなります。
これが商業施設などの場合であれば、たとえばこれまで植栽がなかったエリアに植栽を植えたり、流行っている植栽を取り入れたりと「向上」に意識が向かいやすいものです。
おもに「維持」をしていくマンションと、「維持向上」をしていく商業施設との違いが、植栽の維持管理にも大きく影響を与えます。
緑化条例などの影響
「緑化条例」も、マンションの植栽維持をむずかしくしている原因といえるでしょう。
マンションでは、外溝部分などに植栽が植えられています。
マンションの分譲主からすると限られた土地の中でより多くのマンションを建てて売っていった方が、多くの利益を生み出すことができます。
しかし、わざわざ限られた土地を削ってまで植栽を植えるのかというと、地方自治体などが定めている「緑化条例」の存在があるからです。
緑化条例は、これから建てる建築物の大きさによって、これだけの量の植栽を植えてくださいといった内容が定められている条例です。
マンションに多少なりとも植栽があった方が、美観に優れることにはなります。
美観に優れれば、マンションに一定数住むであろう「植物好きの方」の需要に応えることができるでしょう。
しかし、本来の大きな目的は需要に応えることではなく、地方自治体の定めに従って定められた量の植栽を植えていることに過ぎません。
建築会社や設計会社は、あくまで最低限の緑化面積を確保するために、植栽を植える場所を検討します。
そのため必然的に、お客さんにマンションを売り渡した後の植栽の維持管理は、二の次となってしまうことがあります。
たとえば、成長が早く大きくなるケヤキのような樹木を植えた場合、マンションの住民だけでなく、近隣住民とのトラブルに発展することもあります。
また、緑化条例の条件を満たすために、「壁面緑化」や「屋上緑化」を計画に組み込むことがありますが、これらは維持管理が非常に難しいのが現実です。
壁面や屋上での緑化は、植物を育てるための土壌量が限られるうえ、日照条件などの外的要因の影響を受けやすいため、地植えよりも管理の難易度が格段に高くなります。
その結果、茶色く変色したり、完全に枯れてしまう植栽も少なくありません。
商業施設では壁面緑化が美しく保たれている例も見られますが、これらの施設では専門家がほぼ常駐して手入れを行っている場合が多く、マンションのように住民主体の管理では同じレベルの維持はむずかしいのが現実です。
さらに、建築会社や設計会社は、住宅販売を事業として成立させるため、できるだけ多くの物件を効率的に設計し、建設する必要があります。
そのため、緑化条例を満たすために無理な植栽計画が立てられることもあり、それが後々の維持管理のむずかしさにつながっています。
条例で定められた植栽計画は建築当初に行政の確認を受けますが、竣工後は行政が定期的に管理状況をチェックすることはほとんどありません。
実際、植栽が枯れたとしても行政からの指導や処罰が行われる事例は非常に稀です(過去の事例に基づくものです)。
それでも、基本的には竣工当初の計画に沿って植栽を維持管理することが求められています。
枯れた場合は新しい植栽に植え替えるなど、計画通りの状態を保つ努力を続けることが、マンション管理に課せられた責任といえるでしょう。
居住者の興味や関心の課題
植物が好きで園芸を趣味にしている方は、庭付きの戸建てや花壇のある自宅に住むことを理想とする場合が多いようです。
現在集合住宅に住んでいる方でも、将来的には戸建てへの引っ越しを夢見るケースが少なくありません。
鉢植えで植物を育てるのと、地面に直接植える「地植え」では、植物の成長や健康状態に大きな違いが生じます。
植物を本来の環境に近い形で育てるためには、地面に直接植えてあげることが理想的です。
また、自宅の庭や花壇を美しい花で満たしたり、最近注目されている乾燥地帯向けの植物を取り入れたドライガーデンを楽しむことも、園芸の醍醐味といえるでしょう。
このように植物が好きな方にとっては、マンションよりも戸建ての生活が魅力的に映ることが多く、結果としてマンションの居住者の中には植栽に対する関心が薄い方が多い傾向があります。
マンションには専用庭付きの住戸やルーフバルコニー付きの部屋もありますが、共用部分を含めマンション内では管理規約に従って生活する必要があります。
そのため、個人の自由で園芸作業を行うことは難しく、植栽に興味のある方にとっては制約が多い環境と言えます。
一方で、マンションにはオートロックや防犯カメラといったセキュリティ面でのメリットもあります。
しかし、「植栽」に焦点を当てると、園芸に興味のある方は戸建てに流れる傾向があり、マンション居住者の多くは植栽への関心が低いのが現状です。
その結果、マンションの共用部分に植えられている植栽にも意識が向かない人が多くなり、植栽の維持管理に熱心な居住者がいたとしても、多数決で意思決定が行われるマンションでは少数派の意見が反映されにくいのが実情です。
このように、居住者の興味や関心が低いことが、マンションで美しい植栽を維持する難しさにつながっているといえるでしょう。
コメント